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2024/01/12コラム

谷津裕子の ゆっくり研究散歩 第1回:看護のセンスってなに?(出典:株式会社南江堂 NurSHARE)

この記事は、NurSHAREホームページ内連載コラム「谷津裕子の ゆっくり研究散歩」の連載第1回を南江堂の許諾を得て再掲載したものです。


 こんにちは。私の名前は谷津裕子と書いてやつひろこと読みます。小さい頃からこの通りに呼ばれた経験は少なく、しかしいちいち訂正するのも気まずいので、「たにつゆうこさ〜ん」などと呼ばれると躊躇なく「は〜い」と元気に答えていました。緩くてお調子者の私の性格は、その頃にほぼ完成されていたとみて間違いないでしょう。

 先日、南江堂のNurSHARE編集部の方から連載しませんかとお誘いいただきました。なんでも、私の専門や関心領域が幅広く、興味を惹かれたとのこと。researchmapに掲げている私の研究キーワードは、次の通りです。

看護者の感性、看護のアート、看護科学論、看護哲学、看護理論、質的研究方法の開発、患者安全、女性の健康、医療におけるセクシュアリティとジェンダー、環境の健康、グローバルナーシング、動物倫理、アフォーダンス

 確かに幅広く、一見するとバラバラなキーワードです。そのため、「あなたの専門は?」「あなたの研究テーマは?」と聞かれるのはあまり得意じゃありません。研究テーマの多様性をどう説明するべきだろう、どれにフォーカスして答えようかと考えて、答えに困ってしまうんです。でも、一つ一つにつながりがあり、私の研究的関心のストーリーがあるんですよね。そういえば、このストーリーを紹介する機会はこれまでなかったなあ。

 私のストーリーに興味のある人って、どれだけいるんでしょうね? たぶん、ほとんどいないんじゃないかな。でも、多様な研究テーマの一つずつをモチーフにし、そのテーマに着目したきっかけやテーマからテーマへの遍歴についてお話ししたら、何かしら研究の意外性やワクワク感をお伝えできるのかも……。そう考えて、この連載では研究テーマに出会う散歩道を、読者の皆さんとともにゆっく〜り歩んでみたいと思います。

看護者の感性(センス)

 最初の研究キーワードは「看護者の感性(センス)」です。この言葉に出会ったのは、私が看護大学を卒業し、北関東にある某総合病院に就職した1990年代前半の春のこと。当時、看護大学の卒業生は全国にもそれほど多くなく、「やつさんが、うちの病院の大卒ナース第1号なのよ」と当時の看護部長さんからお聞きし、ちょっとばかり緊張したものです。どんな人が就職したのかと、他病棟のお姉さんナースたちが私を偵察しにきたこともありましたっけ。新卒らしくワタワタしている私を見て、皆さん気が抜けたんでしょうね。「な〜んだフツーの人じゃん」と真顔で言われて、私も思わず笑ってしまいました。

 看護部長さんの計らいで、私の着替え用ロッカーは、副看護部長さん、病棟師長さんなどの幹部ナースの方々と腕が絡み合うほどの至近距離に配置されました。着替え中ってつい気が緩むんでしょう、いろんな本音が飛び交うんですよね。新人ナースの私がそこに加わったところで誰も気に留めない。それを良いことに、私はフツーの顔をしながら幹部の方々のお話にいつも耳をそばだてていました。ふむふむ、師長さんはスタッフナースのことをここまで心配してくれてるんだな、師長さんでも不安が尽きず自分に自信がもてない面があるんだな……。弱音を吐いて互いを慰め支え合う、高貴で人間味あふれる師長さんたちの様子が印象深く心に残っています。私が今も、幹部ナースに対して愛慕と尊敬の念を抱き続けるのは、こうした原体験があるからかもしれません。

 さて、そこでの話題によく登場したのは「看護のセンス」という言葉でした。「あの人、看護のセンスあるわよね〜」「あの人は何年たってもセンスがないのよ!」。ここで語られている看護のセンスって何? 看護を極めた人たちはナースのどういう点に注目しているんだろう? 興味を抱き、尋ねると、「う〜ん、それは言葉にはできないなぁ」「見てればわかるのよ」「そうそう、身のこなしっていうか」「あと話し方、言葉選びの良さね」「患者さんのニーズをキャッチする感覚っていうの?」「患者さんが気づく前にさっさと解決しちゃってるとか」と、言葉にできないと言いつつも出るわ出るわ。看護のセンスは、患者のニーズをパッと掴み、求められる看護をスルリと身体や言葉で表現する優れた能力であろうことが、私にも分かりました。そして、それが幹部ナースにとって、いい感じのナースの見極めポイントとして位置づいていることも。

「看護のセンス」を追究したい!

 私は臨床を離れてからも、その時の幹部ナースの語りが忘れられませんでした。皆さん、何かに取り憑かれたように嬉々として話しておられたなぁ。ベテランナースを魅了する「看護のセンス」の正体って一体なに? もしかして看護にとってすごく大切なものなんじゃない? 「看護のセンス」って生まれつきのもの、それとも発達するものなのかな? こうしたいろんな疑問が雑多に湧き起こり、これは研究の助けを借りなきゃ! との思いが募って、1990年代中頃の春、私は大学院の扉を叩きました。

 私は、当時の日本赤十字看護大学大学院の副学長だった故・樋口康子教授のご指導のもとで修士論文を作成しました。そして、大学院を修了後、この論文の一部が日本看護科学学会誌に原著として掲載されました。タイトルは『看護における感性に関する基礎的研究―「看護場面的写真」を鑑賞する看護者の反応の分析―』1)です。このタイトルにあるように、本研究では看護者の感性(看護のセンス)とは一体何ものか? というギモンを追究する一助として、看護場面を映し出した写真を題材とし、これを鑑賞する看護学生と看護専門職者の反応を分析したんです。

 なぜ写真? と思うでしょう。この疑問については、次の回でお話しさせてくださいね。

引用文献
1)谷津裕子:看護における感性に関する基礎的研究―「看護場面的写真」を鑑賞する看護者の反応の分析. 日本看護科学学会誌19(1):71-82,1999,〔https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans1981/19/1/19_71/_pdf/-char/ja〕(最終確認:2023年9月12日)

この記事は、NurSHAREホームページ内連載コラム「谷津裕子の ゆっくり研究散歩」の連載第1回を南江堂の許諾を得て再掲載したものです。


 こんにちは。私の名前は谷津裕子と書いてやつひろこと読みます。小さい頃からこの通りに呼ばれた経験は少なく、しかしいちいち訂正するのも気まずいので、「たにつゆうこさ〜ん」などと呼ばれると躊躇なく「は〜い」と元気に答えていました。緩くてお調子者の私の性格は、その頃にほぼ完成されていたとみて間違いないでしょう。

 先日、南江堂のNurSHARE編集部の方から連載しませんかとお誘いいただきました。なんでも、私の専門や関心領域が幅広く、興味を惹かれたとのこと。researchmapに掲げている私の研究キーワードは、次の通りです。

看護者の感性、看護のアート、看護科学論、看護哲学、看護理論、質的研究方法の開発、患者安全、女性の健康、医療におけるセクシュアリティとジェンダー、環境の健康、グローバルナーシング、動物倫理、アフォーダンス

 確かに幅広く、一見するとバラバラなキーワードです。そのため、「あなたの専門は?」「あなたの研究テーマは?」と聞かれるのはあまり得意じゃありません。研究テーマの多様性をどう説明するべきだろう、どれにフォーカスして答えようかと考えて、答えに困ってしまうんです。でも、一つ一つにつながりがあり、私の研究的関心のストーリーがあるんですよね。そういえば、このストーリーを紹介する機会はこれまでなかったなあ。

 私のストーリーに興味のある人って、どれだけいるんでしょうね? たぶん、ほとんどいないんじゃないかな。でも、多様な研究テーマの一つずつをモチーフにし、そのテーマに着目したきっかけやテーマからテーマへの遍歴についてお話ししたら、何かしら研究の意外性やワクワク感をお伝えできるのかも……。そう考えて、この連載では研究テーマに出会う散歩道を、読者の皆さんとともにゆっく〜り歩んでみたいと思います。

看護者の感性(センス)

 最初の研究キーワードは「看護者の感性(センス)」です。この言葉に出会ったのは、私が看護大学を卒業し、北関東にある某総合病院に就職した1990年代前半の春のこと。当時、看護大学の卒業生は全国にもそれほど多くなく、「やつさんが、うちの病院の大卒ナース第1号なのよ」と当時の看護部長さんからお聞きし、ちょっとばかり緊張したものです。どんな人が就職したのかと、他病棟のお姉さんナースたちが私を偵察しにきたこともありましたっけ。新卒らしくワタワタしている私を見て、皆さん気が抜けたんでしょうね。「な〜んだフツーの人じゃん」と真顔で言われて、私も思わず笑ってしまいました。

 看護部長さんの計らいで、私の着替え用ロッカーは、副看護部長さん、病棟師長さんなどの幹部ナースの方々と腕が絡み合うほどの至近距離に配置されました。着替え中ってつい気が緩むんでしょう、いろんな本音が飛び交うんですよね。新人ナースの私がそこに加わったところで誰も気に留めない。それを良いことに、私はフツーの顔をしながら幹部の方々のお話にいつも耳をそばだてていました。ふむふむ、師長さんはスタッフナースのことをここまで心配してくれてるんだな、師長さんでも不安が尽きず自分に自信がもてない面があるんだな……。弱音を吐いて互いを慰め支え合う、高貴で人間味あふれる師長さんたちの様子が印象深く心に残っています。私が今も、幹部ナースに対して愛慕と尊敬の念を抱き続けるのは、こうした原体験があるからかもしれません。

 さて、そこでの話題によく登場したのは「看護のセンス」という言葉でした。「あの人、看護のセンスあるわよね〜」「あの人は何年たってもセンスがないのよ!」。ここで語られている看護のセンスって何? 看護を極めた人たちはナースのどういう点に注目しているんだろう? 興味を抱き、尋ねると、「う〜ん、それは言葉にはできないなぁ」「見てればわかるのよ」「そうそう、身のこなしっていうか」「あと話し方、言葉選びの良さね」「患者さんのニーズをキャッチする感覚っていうの?」「患者さんが気づく前にさっさと解決しちゃってるとか」と、言葉にできないと言いつつも出るわ出るわ。看護のセンスは、患者のニーズをパッと掴み、求められる看護をスルリと身体や言葉で表現する優れた能力であろうことが、私にも分かりました。そして、それが幹部ナースにとって、いい感じのナースの見極めポイントとして位置づいていることも。

「看護のセンス」を追究したい!

 私は臨床を離れてからも、その時の幹部ナースの語りが忘れられませんでした。皆さん、何かに取り憑かれたように嬉々として話しておられたなぁ。ベテランナースを魅了する「看護のセンス」の正体って一体なに? もしかして看護にとってすごく大切なものなんじゃない? 「看護のセンス」って生まれつきのもの、それとも発達するものなのかな? こうしたいろんな疑問が雑多に湧き起こり、これは研究の助けを借りなきゃ! との思いが募って、1990年代中頃の春、私は大学院の扉を叩きました。

 私は、当時の日本赤十字看護大学大学院の副学長だった故・樋口康子教授のご指導のもとで修士論文を作成しました。そして、大学院を修了後、この論文の一部が日本看護科学学会誌に原著として掲載されました。タイトルは『看護における感性に関する基礎的研究―「看護場面的写真」を鑑賞する看護者の反応の分析―』1)です。このタイトルにあるように、本研究では看護者の感性(看護のセンス)とは一体何ものか? というギモンを追究する一助として、看護場面を映し出した写真を題材とし、これを鑑賞する看護学生と看護専門職者の反応を分析したんです。

 なぜ写真? と思うでしょう。この疑問については、次の回でお話しさせてくださいね。

引用文献
1)谷津裕子:看護における感性に関する基礎的研究―「看護場面的写真」を鑑賞する看護者の反応の分析. 日本看護科学学会誌19(1):71-82,1999,〔https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans1981/19/1/19_71/_pdf/-char/ja〕(最終確認:2023年9月12日)